昔松方弘樹の遠山の金さんで最後に金さんが言ったセリフです。当時松方の渋さとセリフに痺れました。よくよく調べると良寛の作と言われていますが、私の人生観に大きく影響した歌です。 世は無常です。
売買部上田でした。
昔松方弘樹の遠山の金さんで最後に金さんが言ったセリフです。当時松方の渋さとセリフに痺れました。よくよく調べると良寛の作と言われていますが、私の人生観に大きく影響した歌です。 世は無常です。
売買部上田でした。
売買営業部の渋田です。
久しぶりに投稿します。
私が中華民国(清から漢民族が主権を回復して、有名な孫文が新しく建国した国。 この流れが蒋 介石→台湾に逃げて国民党として、日本領土だった台湾の統治者になった。所謂本省人)で育ってた頃、米、英、仏、日本は、広東を貿易拠点として、千人弱?の民間人が居留していました。
以前記述したと思いますが、欧米列強の砲艦は、沙面島のすぐ近くに真っ白い艦体を見せていましたが、我が帝国海軍砲艦”嵯峨”は遥か沖合に漂泊していました。
子供ごころに、もっと近くに来てくれたらといつも思ってました。
砲艦”嵯峨”
あの有名な砲艦”サンパブロ”ほどではないですが、当事の
乗組員が、菊のご紋章が舳に燦然と輝いていると誇らしげに話してくれたことを思い出して、ネットで調べました。
大正元年(1912年)11月8日建造
排水量:785トン、きっすい:2.31m
1600馬力、速力:15ノット、
主砲:12センチ4門、8センチ3門
第1次大戦で青島攻略、その後南シナ、中シナで警備にあたり、昭和19年、香港で触雷沈没、20年爆撃され大破・放棄。
売買部の横山です。
平日のお休みに家内と西区小戸公園に、少し雨はありましたが
お花見に参りました。舞鶴公園程の沢山の桜はありませんが
程よく数があり、林の中には大好きな山桜が咲いておりました。
昨年もこの時期、山桜の花が「花らしい」と書いたと思います。
薄茶色の少なめの葉に囲まれ、清楚な白い花びらが控えめに
付いているところは何とも言えません。
又、すぐ横には海があり「ヨットハーバー」には沢山のヨットが
繋溜され、本当の休日らしさを堪能致しました。
雨の中の桜を皆様にお見せできない事、大変申し訳ありません。
もう、桜は終わりましたが、これからはツツジや蓮華の花などが
はじまります。皆様、お天気の日はどうぞお出掛け下さい。
そしてご家族との大事なお時間をお過ごし下さいます様に。
こんにちは。
本日の担当は青木です。
4月に入って少しづつ暖かくなってきましたね。
春といえば桜の季節ですね。
福岡でもあちらこちらで桜が満開。大変綺麗です。
先日も糟屋郡の土地を調査中に隣の公園に咲く桜に
見とれてしばらくぼーっとしておりました。
小さい頃は桜の木を見ても何とも思わなかったんですが
年を重ねるごとに、ちょっとした季節の産物にも心動かされるようになりました。
毎日の忙しい日常の中に少しでもいいので立ち止まって
四季の移り変わりに目をとめる余裕を持っていきたいものですね。
こんにちは、、!売買営業部の「高尾」です。
私たち不動産関係者は、建物調査や訪問で家やビルを
尋ねて行くことがよくありますが、住宅地図を持っていけば
迷う事なく、目的地がわかると思いますが、住所のみでは、
不安で実際なかなか見当たらない事もよくあります。
その時に頼りになるのが住宅街の家々の角に貼ってある
緑色の縦長の住居表示(横12cm×縦66cm)のプレートです。
このプレートをたどって行けば探しやすくなると思います。
このプレートは「街区表示板」と呼ばれて、福岡市の場合
市役所の7階市民局区政課が担当しており、各街区の角の建物に
貼られています。
また、別に小さな横のプレートもあります。「町名」と数字の「番と号数」
の2枚です。
こちらのプレートは各区役所の市民課の担当となり、家を新築した時に
・建築確認書、・住宅地図、・建物配置図と1階平面図を持っていけば
プレートをもらえます。
各プレートを貼る、貼らないは所有者の判断に任されておりますが、
貼ってあれば住所・地番がわかり、私たちには、大いに役にたって
おります。 ~ありがたい事です。~
これからもよろしくお願いします。
売買営業部があります、当社唐人店近くの大濠公園の桜がきれいに咲いています。
はじめまして。3月より売買営業部に配属となりました古石(コイシ)です。
熊本県宇城市のみかんで有名な三角の出身です。
福岡大学経済学部を卒業後、関東へ渡り、神奈川県の不動産会社を経て九州へ帰ってまいりました。
久しぶりの福岡はすごく懐かしい反面、親『不』孝通りはいつの間にか親『富』孝通りに名前が変わっていたり、『きらめき通り』なる通りができていたりで、街をぶらつくのも新鮮でした。
関東圏でもそうでしたが、こちら福岡でも建物の老朽化のために取り壊して新しい建物を建築していたり、大掛かりな建物の修繕をしている風景を最近よく見かけます。
街の風景が変化しているときだと思います。
私が不動産業界飛び込んだきっかけといいますと、今考えてみると、『縁』と呼ばずにはいられない出来事がきっかけです。その『縁』がなかったら、今の自分はいないと思ってます。
今後、福岡が変化していく中でいろいろな人、お客様に出会うことができると思いますが、これからどんな『縁』と出会えるのだろうか、と想像するとワクワクします。
当社は4月より後半期に、突入しました。
売買営業部のスタッフは、皆様のご希望に添えるよう精一杯お手伝いをさせていただきます。
お客様からのお問い合わせ、心よりお待ちしてます。
お気軽にお問い合わせください。よろしくお願いいたします。